双月 平成26年9月 第81号 | 満徳寺|曹洞宗 圓成山 満德寺|満徳寺

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双月 平成26年9月 第81号

満德寺には時々、新田小学校の子どもたちが社会科見学に来てくれます。 子どもたちに本堂に上がってもらい、お寺の説明をした後に、質問を受けました。

「お墓はいくつあるの?」 「なんで金色なの?」 「木魚はなんで魚なの?」 そんなかわいらしくも率直な質問にたじたじとなりますが、たまには、ドキッとさせられる質問がされることもあります。

あるお坊さんは、「なんで人間は生まれてきたの」と質問されたそうです。

とっさに口から出た答えは「他のひとに尽くすためだよ」 質問した子は「ふ~ん」と、とりあえず満足した様子だったそうですが、答えたお坊さんの方がもう少し納得いかない。

その後、そのお坊さんは、自身の課題として考え続け、ひとつの答えに至ったそうです。

生まれてきた人だれもが幸せになりたいと願う。だから、生まれてきたのは幸せになるため。 しかし、幸せにも種類があります。 お金が儲かった、ごちそうがおいしかった、お風呂で気持ち良くて幸せ。自分だけで感じる幸せばかりを願うなら、かえって、まわりを不幸にするかもしれません。

種類の違う、度合いの異なる「大きな幸せ」もあります。

それは「人のために尽くすこと」で感じられるしあわせです。 「ほめられて幸せ」「感謝されて幸せ」「人に頼られて幸せ」「人を愛し、愛されて幸せ」一人では、感じられないものばかりです。 一人では幸せになれない、だからひとのために尽くすことが大切になります。

「生まれてきた目的」は、幸せになるためで、「幸せへの入り口」が、人のために尽くす事 これを答えとしてよいでしょう。